国民全体の智徳のあらわれ

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立ち読みで済まそうと思っていたが、
「『美味しんぼ』福島の真実編に寄せられたご批判とご意見」
という全10ページの文章にひかれて、スピリッツ2014/06/02号を買ってしまった。

事故から3年も経過している状況で、これだけ議論を再燃させることができたのだから、小学館と作者にとっては大成功と言えるのではないだろうか。

どうせすぐ捨ててしまうから、記録用に識者のコメントを抜粋しておこう。

立命館大学名誉教授:安西育郎氏

率直に申しあげれば、『美味しんぼ』で取り上げられた内容は、的が外れていると思います。
今回の事故を受けてやらねばならないのは、まずは原発事故で何が起きたかの解明、汚染水漏れ対策、50年かかると言われる廃炉の方法やそのための労働力の確保、そして10万年かかると言われる高レベル放射性廃棄物処理の問題。
なのに原発再稼働や輸出という話が出ている。そうした問題はぜひ、取り組まねばならないと思います。
そしてこれはお願いになりますが、200万人の福島県民の将来への生きる力を削ぐようなことはしてほしくない。

川内村村長:遠藤幸雄氏

『美味しんぼ』を読んでいないのでなんとも答えられませんが、この2年間帰村に向けて取り組んできた感想を述べさせていただきます。
県外に避難した住民が、「福島は危ないから避難しろ」と言う。
戻った住民が、「故郷を捨てたのか」と問う。
「避難する・避難しない」、「戻る・戻らない」の対立構図をつくらないために、善意の押し付けや過激な干渉はできる限り控えてほしい。

大阪府・大阪市「美味しんぼ」に対する抗議文

事実と異なる貴誌「美味しんぼ」記載の表現は、此花区民をはじめ大阪府民の無用な不安を煽るだけでなく、風評被害を招き、ひいては平穏で安寧な市民生活を脅かす恐れのある極めて不適切な表現であり、冒頭述べましたように、大阪府、大阪市として厳重に抗議するとともに、作中表現の具体的な根拠について是非開示されるよう強く求め、場合によっては法的措置を講じる旨、申し添えます。

臨済宗福聚寺住職:玄侑宗久

(作中に登場する荒木田氏の)「福島が、もう取り返しがつかないほどに汚染された」という言葉は、おそらくこれまでの「美味しんぼ」の丹念な取材や執筆の努力を一蹴してしまうほど酷い言葉です。
細かく地域ごとに分けて語ってきた努力を、自ら否定するようなものではないでしょうか。
行政などへの怒りはわからないではありませんが、やはりこの問題は、もっと繊細な言葉で語らなくてはなりません。

京都大学原子炉実験所助教:小出裕章氏

科学とは、事実の積み重ねによって進んでいくもので、従来はわからなかったことが少しずつ分かっていくものです。
行政は、事故を引き起こしたことについてなんの責任も取らないままですし、むしろ現在は福島原発事故を忘れさせようとしており、マスコミもそれに追随しています。
このような状況で、行政の発表に対して不信感を持たないとすれば、そちらが不思議です。
何より、放射線管理区域にしなければならない場所から避難をさせず、住まわせ続けているというのは、そこに住む人々を小さな子供も含めて棄てるに等しく、犯罪行為です。

医学博士:崎山比早子氏

チェルノブイリ法では、(年間積算量)1ミリから5ミリの地域では避難の権利を認めていて、5ミリ以上は強制避難です。
低線量放射線の疫学研究で2012年以降に発表された論文を見ると、オーストリラリアで4.5ミリシーベルトで1.24倍の発がん率増加となっています。
イギリスの子供のCT検査では約30ミリで白血病が約3倍、約60ミリで脳腫瘍が2.8倍になっています。
にもかかわらず政府や専門家は、低線量のリスクを無視する。問題視する意見を封殺しようとしています。マスコミ報道にもそんな傾向がありますから、これは日本人全体の健康にとって、重大な問題だと思います。

岡山大学教授:津田敏秀氏

放射能と鼻血の因果関係はあると思われます。鼻血だけでなく、広島や長崎では脳出血が多いのです。
これらは国際雑誌にも載っている話で、被曝量が多ければ多いほど脳出血が多い。
j放射能が血管に影響があるのはほぼ定説ではないでしょうか。
鼻血が多くても何の不思議もありません。
甲状腺がんも空間線量が高そうなところに多発している。
福島でも広島、長崎でもこれは同じです。

日本大学歯学部准教授:野口邦和氏

福島県内で被曝を原因とする鼻血が起こることは絶対にありません。
大勢の県民が原因不明の鼻血や耐えがたい疲労感で苦しんでいるにも拘わらず、言わないだけで黙っているという描き方にも疑問を持っています。
これは福島県民に対する侮辱以外の何物でもありません。

NPO法人「チェルノブイリへのかけはし」代表:野呂美加氏

低線量被曝で鼻血が出る事、それはチェルノブイリでは日常です。
鼻血についてはお母さんたちの体験が数えきれないほど寄せられています。
言論封殺することで、自由な議論や発見の発表が阻害されれば、被曝がより深刻化しかねません。
鼻血の段階で、ていねいに血液検査していた旧ソ連を思えば、日本は最初から否定ありきですので、事態は日本の方が深刻になると思います。

医師:肥田舜太郎氏

鼻血や下痢、疲労感には、放射線の影響が考えられます。
今の医学ではまだ、放射線による人体への影響を解明しきれていません。
しかし、解析が進めば明らかになるだろうという意味を含めて、鼻血などの症状を訴える人がいるという事実は報道すべきだと思います。

福島県庁

(「福島はもう住めない、安全には暮らせない」のような)これらの表現は、福島県民そして本県を応援いただいている国内外の方々の心情をまったく顧みず、殊更に深く傷付けるものであり、また、回復途上にある本県の農林水産業や観光業など各産業分野へ深刻な経済的損失を与えかねず、さらに国民および世界に対しても本県への不安感を増長させるものであり、総じて本県への風評を助長するものとして断固容認できるものでなく、極めて遺憾であります。

双葉町

第604話の発行により、町役場に対して、県外の方から、福島県には住めない、福島方面への旅行は中止したいなどの電話が寄せられており、復興を進める福島県全体にとって許しがたい風評被害を生じさせているほか、双葉町民のみならず福島県民への差別を助長させることになると強く危惧しております。
双葉町に事前の取材が全くなく、一方的な見解のみを掲載した、今般の小学館の対応について、町として厳重に抗議します。

琉球大学名誉教授:矢ケ崎克馬氏

放射能の健康への影響については、国際的に二つの潮流に分かれています。
一つはICRPやIAEAが主張する、放射能の影響は大したことがないという論調。
もうひとつは、事実をありのままに見つめ、率直に理解する考え方。
日本政府は、前者のスタンスですが、事実を率直に見つめれば、それが誤りであることは分かります。
欧州では年間0.1ミリ以下ですが、血管系疾患、免疫力低下、死産、奇形、ダウン症、水晶体混濁、白血病などがチェルノブイリ事故が1986年を境に急増。
主として、食を通じての内部被ばくによるものと考えられています。
今回の『美味しんぼ』については、非常に勇気を持って漫画をつくっていると感じます。

子供たちを放射能から守る全国小児科医ネットワーク代表:山田真氏

「避難すべき」と言うのは簡単ですが、現実には難しい問題を抱えている。
私も2011年の終わりごろまでは避難すべきと言っていましたが、今、福島では避難したいけれど様々な事情で避難できない人が多いから、その人たちに「ここにいるのは危険だから逃げなさい」と言ってもむなしいのです。
国に対して避難したい人が避難できるよう要求し、また避難先で安心して暮らせるよう条件整備をすることを求め、戦っていく必要があります。

ジャーナリスト:青木理氏

メディア側の人間として言わせてもらうならば、正当な作品批評は作品全体を読んだ上で行われるべきだし、この「福島編」がひと段落ついたタイミングで大いに行うべきでしょう。
そして、問題の本質が原発事故にあることを忘れてはいけない。
未曽有の巨大人災が撒き散らした悪影響を脇に置き、言葉だけを批判するのは、ただの言葉狩りにすぎません。

編集部の見解

「少数の声だから」「因果関係がないとされているから」「他人を不安にさせるのはよくないから」といって、取材対象者の声を取り上げないのは誤りであるという雁屋哲氏の考え方は、世に問う意義があると編集責任者として考えました。
「福島産」であることを理由に、検査で安全とされた食材を買ってもらえない風評被害を、小誌で繰り返し批判してきた雁屋氏にしか、この声は上げられないだろうと思い、掲載すべきと考えました。
事故直後盛んになされた残留放射性物質や低線量被曝の影響についての議論や報道が激減しているなか、あらためて問題提起をしたいという思いもありました。
このたびの『美味しんぼ』をめぐる様々なご意見が、私たちの未来を見定めるための穏当な議論へつながる一助となることを切に願います。

「美味しんぼ休載」のニュースをネットで見た時は、「圧力に屈したのか」と思ったが、そうではないことが分かって良かった。
ニュースの見出しの一部だけを見て、分かったつもりになるのはいけないな、と改めて思った。

「福島編」も一通りストーリーの区切りがついていたし、表現したかったことはある程度完結できたのではないだろうか。
民主主義の観点からも、編集長の村山氏、原作者の雁屋氏、お二人の勇気と行動力は評価されるべきだと思う。